DAM★とも&アウフヘーベン

DAM★ともで公開した曲について感じたことを書いていきます。

北酒場

今週は作詞家・作曲家の中村泰士さん、作詞家のなかにし礼さんの訃報に相次いで接することになりました。

中村さんの作品は、ぼくはちあきなおみさんの「喝采」や「夜間飛行」の印象が強く、ドラマチックなメロディーを作るイメージでした。個人的には、CLUBDAMの歌唱検定の審査をして頂いたことがあって、1回目に「フラット気味になってますよ」と書かれたので、練習し直したら、2回目に「直してきましたね。いいですよ」と書いてくださったことがありました。「歌詞が明瞭ですごくいい」とも書いて貰えたので、そこは今も大事にしているところです。

なかにしさんの作品は、ぼくは西城秀樹さんの「サンタマリアの祈り」やハイ・ファイ・セット「フィーリング」の日本語詞の印象が強く、突飛な言葉を使わずに情景が見える詞を作るイメージでした。

なかにしさんが作詞を書き、中村さんが作曲を書き、生まれた大ヒット曲が細川たかしさんの「北酒場」でした。この曲で、なかにしさんは1968年の黛ジュンさんの「天使の誘惑」に続き、中村さんは1972年のちあきなおみさんの「喝采」に続き、1982年に日本レコード大賞を2回目の受賞作品となりました。

細川さんはデビュー当初は今の面白いキャラクターとは全く違って、真面目そうなサラリーマンが歌っているような印象の方でした。1975年のデビュー曲「心のこり」(作曲は中村泰士さん)が大ヒットして、毎年紅白歌合戦にも出場するものの、次の大ヒット曲が出ない状況でした。ぼくはその頃に細川さんが歌っていた「港夜景」や「ゆきずり」もいい曲だと思いますし、この頃の細川さんの真摯に歌っている姿勢がいいと思いますけど。

そういう細川さんのイメージを打ち破って、「明るいイメージの演歌」を打ち出したのが「北酒場」でした。なかにしさんはザ・ドリフターズの「ドリフのズンドコ節」や北島三郎さんの「まつり」も書いていますし、中村さんもキャラクターとしては明るい方なので、実は意外感はなかったんですね。細川さんは「北酒場」をきっかけに、ヒット歌手から一段上の大物歌手へのステージに上がっていくことになったわけです。細川さんも「北酒場」では従来の歌い方とは違って、軽やかな歌い方で歌ったのも新鮮でした。出会った作品の大きさもさることながら、その出会いを活かす才能もまた大きかったのだと思います。

なかにし礼さん、中村泰士さんと歌謡界を彩られた方々が亡くなられるのは残念です。残された作品を歌っていきたいと思います。 合掌


細川たかし 北酒場(夜ヒット)