7月13日、僕は戸田市文化会館大ホールで行われたミュージカル「ひめゆり」を観劇してきました。僕はミュージカルは数えるほどしか見たことがないど素人ですが、岩井翔平さんがご出演されるということで行ってきました。
埼京線の戸田駅を降りて、細い道をまっすぐ進んで、少し広くなった道をさらにまっすぐ進んで、徒歩約10分で戸田市文化会館に到着しました。僕はカラオケ大会でホールに来ることも多いので、ホールには興味があるわけですが、とても動線が綺麗で、客席もステージが見やすい、トイレの数も多いということで、いいホールだと思いました。
岩井さんが預かってくれていたチケットを受け取ると、ロビーには数多くの花輪。そして、ミュージカル界隈にも関係者と思しき方たちをあちらこちらに拝見しました。顔立ちの綺麗な、俳優さんかなと思う男性、女優さんかなと思う女性が目につきました。
僕はS席なので、1階17列34番。後方のやや右側の席でしたが、2時間45分の間、ステージをはっきりとみることができました。
「ひめゆり」は、第二次世界大戦も終盤の1945年、沖縄県立女子師範学校と沖縄県立第一高等学校の生徒で構成された「ひめゆり学徒隊」と後に呼ばれた女子学徒隊をテーマとしています。彼女たちは、米軍が沖縄に上陸しようとする1945年3月23日、沖縄陸軍病院に動員されました。しかし、日本の敗色が濃厚となる中、6月18日に解散命令が出され、その後1週間の間に多数の犠牲者を出して、教師と学徒は240人いましたが、136人が死亡しました。戦後、最大の犠牲を出した伊原第三外科壕跡に慰霊塔である「ひめゆりの塔」が建立されました。
ミュージカルは、こういう歴史をモチーフに、様々な場面を間髪入れず展開していきました。歌で物語を表現していきます。ミュージカルであるがゆえに、凄惨な場面もありますけど、随分和らげていて、救いもあるような気がしました。
当時の悪弊も見事に描いていました。女子学徒には家に帰るか病院に残るかの選択が与えられました。家に帰りたい女子もいました。でもお国のために働かないのかという同調圧力、非国民と言われてもいいのか。僕は芝居を見ながら、戦後80年以上が経っても、この悪しきメンタリティが深く残っていたことを、5年前くらいにも感じました。ミュージカルでは、この選択が過ちだったことを身をもって知り、それぞれの学徒が生きる道を求めて、必死に生きていきます。そして、敗色が濃厚であっても、まだ攻勢すると強弁する日本軍の醜態もまた、感じるところがありました。
戦争を知らない役者さんたちは、戦禍の惨状を熱演されていました。ステージから軍人さん役の人たちが客席に向かって銃を向けるシーンが何回もありました。戦争とはこういうものだと客席のどれだけの方が感じたかはわかりません。第二次世界大戦は決して過去の歴史にすぎないわけではありません。好戦的な勢力が権力を握れば、また戦争の悪夢が再来する危機が、今目の前に来ているかもしれないのだという意識を持った方がいいでしょう。いつか来た道をまた繰り返さないように、今の穏やかな生活を守ることがいかに大切で、いかに幸せなことなのかを痛切に感じました。
ミュージカルが終わって、拍手喝采の嵐でした。演じ切った役者さんたちも満足そうな表情を浮かべていました。
エンターテイメントって、題材が厳しいものであっても、やり切ること、題材の世界に没入させることで、お客さんはその熱演に観劇して、拍手を惜しまないのだろうと思いました。
僕も歌い手として、題材は全く異なるものですけど、自分が歌の世界を、情景を描ける表現を見せることで、お客さんに満足してもらえるレベルを見せたいなと、帰りの電車の中で考えていたら、いつのまにか最寄りの駅に着きました。