DAM★とも&アウフヘーベン

DAM★ともで歌った曲について感じたことや、歌について思っていることを書いていきます。

藤男子コンサート

9月12日、神奈川県川崎市・登戸のスナック藤さん主催の「藤男子コンサート」に参加しました。藤男子の演者は、相馬仗秋さん、中山ヤスヒロさん、寺田登さん、よっしーさんと僕アウフヘーベンの5人、スペシャルゲストに後藤日向君というメンバーでした。お客様は29人で、この狭い店内に入るのかと思うほど、多くのお客様でした。

僕は全体の打合せに1回、全体のリハーサルに1回しか参加ができなくて、個人練習の中で当日のイメージを作って行きました。それと、お金を頂いて歌を聴いてもらうので、衣装も合うものを探そうと思って、原宿にあるステージ衣装のお店に行って、選曲のイメージから、黒のジャケットと黒のシャツと、今回の藤男子のメンバーカラーが紫だったので、紫の蝶タイを買いました。

当日は新宿のまねきねこで声出しをしてから登戸へ。朝マックを食べてスナック藤に入りました。直前に30分だけ、全員で歌う曲の順番、振付、挨拶を確認して、2Fの楽屋で衣装に着替えて待機。

お客様の歌唱4組が終わった所で藤男子の登場。オープニングは「きよしのズンドコ節」。氷川きよしさんの曲なので通常は「きよし!」と声がかかる所を「フジダン!」(藤男子の略)とコールしてもらって、会場も一気に温かくなってきた感じになりました。

ライブは初めてのよっしーさんが1曲歌い終わって、僕の順番に。MCはなしだったので、曲紹介だけして、辰巳ゆうとさんの「ロンリー・ジェネレーション」、華MEN組さんの「華やかに抱きしめて」を続けてフルコーラス。お客さんも乗ってきてくれたので、振り付けから急遽手拍子を求める感じにしました。中山さんが2曲、寺田さんが2曲、相馬さんが2曲、それぞれソロで歌って、相馬さんとのコラボコーナーで、よっしーさんと僕が出て「氷雨」を、次に中山さんと寺田さんが出て「別れの予感」を一緒に歌いました。

続けて、スペシャリストの後藤日向君。ギターの弾き語りで5曲歌いました。4才の頃から日向君を見てきた僕は、成長してまだ12才なのに落ち着いて礼儀正しく歌とMCを行うステージを見て、大人の僕たちも見習いたいことが数多くありました。

全体の写真撮影を終えて、休憩を挟んで後半へ。藤男子メドレーの1巡目は寺田さん、中山さんと歌ってから、僕は小川たけるさんの「陽炎〜KAGEROW〜」を歌いました。相馬さん、よっしーさんと歌って2巡目に入り、ここでMCの時間がもらえました。寺田さん、中山さん、相馬さんと歌って僕の番に。2分という持ち時間でしたが4分ぐらい話しました。6年前に初めてスナック藤に来た僕が、まさか今日こういうステージに立てるとは思わなかったと話したら、お客様から拍手をいただきました。昨年声のトラブルがあったときに覚えた、つかさ学さんの「木漏れ日〜こもれび〜」を歌いました。その後、中山さん、寺田さん、よっしーさんによる「ほんまやで⭐︎なんでやねん⭐︎しらんけど」で盛り上がり、相馬さんの「北の漁場」で大詰めになった後、藤男子が全員で登場して「世界に一つだけの花」を歌いました。アンコールで、後藤くんの弾き語りとコラボで「明日があるさ」を全員で歌って、藤男子コンサートは終了しました。その後、二次会・交流会でご参加の皆さまにはご自身の歌唱で楽しんでもらい、僕も「Tokyo Crazy Night」を歌わせて頂きました。

最初に出演の話を頂いてから4ヶ月ぐらい、当日のイメージとか動き方とか、折に触れ考えていましたが、当日始まってみるとあっという間に終わりました。藤男子というチームでのコンサートでしたが、それぞれが個人練習もコラボ練習も真面目にやってきた成果が、本番でちゃんと現れたなと感じました。最初で最後という話でしたが、もう1回だけ藤男子コンサートをやりたいというのが今の気持ちです。

東京都大衆音楽祭

7月31日、僕は東京都中野区の野方区民ホールで開催された、東京都大衆音楽祭に参加しました。東京都大衆音楽祭は、10月に開催される日本大衆音楽祭に出場するための予選会を兼ねています。

今回から部門分けの変更があり、昨年まではグランプリ部門で出場しましたが、今回はエルダー部門で出場しました。他の県の大衆音楽祭では選考方針が変わったような話も聞いていました。審査員の先生も交代となり、今回はどういう歌が評価されるのか不透明な感じでした。

僕が今回選曲したのは、林部智史さんの「ラピスラズリの涙」という曲でした。今までにいくつかのカラオケ大会で歌ったことがある曲で、苦い経験もあれば、入賞できたこともある曲でした。この大会は1コーラスだけなんですけど、歌唱時間が1分あまりと短い曲で、自分にとっては難しい曲なので、自分が歌の世界を表現仕切れるかが課題でした。

カラオケで練習していても、フルコーラスなら95点が超えられても、1コーラスだと87点が超えられるくらいで、改善点がどこにあるのか、探し当てていこうと、1回歌うごとにその時の歌い方を振り返って、どういう1コーラスの起承転結が着地点としていいのか、考えてみました。

フルコーラスが歌の世界の全体としたら、1コーラスはその中の1つの場面になりますけど、愛する人が突然亡くなってしまって、主人公がありし日を振り返る独白のようなイメージで歌ったらいいのかなと思いました。

僕はエルダー部門の1番ということで、僕が基準点となって進む競技の面もあるので、そういう意味では順番的には不利なんですけど、そういうテクニカルなことは横に置いて、この楽曲を自分としてどれだけ表現できるかに徹して歌ってみました。それが良かったみたいで、全体での歌唱賞をいただき、日本大衆音楽祭への出場権もいただくことができました。

日本大衆音楽祭への出場は今回で4回目になります。2023年は林部智史さんの「晴れた日に、空を見上げて」を歌って、グランプリ部門の歌唱賞を頂くことができました。2024年は小川たけるさんの「陽炎〜KAGEROW〜」を歌って、入賞はできませんでした。2025年も「陽炎〜KAGEROW〜」を歌いましたが、前日からの声のトラブルで、自分としては過去一最悪な歌唱を披露してしまいました。僕の思いとしては昨年のリベンジをすると決めていて、まずそのチャンスを頂けたことが何よりも嬉しかったです。だから、今回の目標はベストな体調で、ベストの歌唱をすることです。それができれば、おのずと入賞できると思います。

「十三ヶ月」と「13ヶ月」

カラオケでいろいろな楽曲を歌っているから思うのかもしれませんけど、演歌も歌謡曲もポップスもロックも、メロディーはもちろん違いますけど、歌詞の源流にあるものは、日本人が書いている言葉なのでメンタリティも共通しているところがあるのかなと思うことがあったりします。

僕はYouTubeでいろいろなジャンルの曲を聴いて、自分でも歌ってみたいと思った曲をカラオケで歌ってみますが、そういう曲でピックアップした2曲がたまたま同じタイトルでした。1曲は演歌の青山新さんの「十三ヶ月」、もう1曲はポップスのCHEMISTRYの「13ヶ月」でした。

青山新さんの「十三ヶ月」は2026年2月18日に7枚目のシングルとして発売されました。僕が青山さんの曲を歌ってみたいと思ったのは、女歌路線に切り替えてからです。歌唱力のレベルが高い方ですけど、演歌ならではの表現力の深さが増したように思っています。この曲の歌詞は、恋人と別れてから13ヶ月経った主人公の、今でも恋人を思うやるせなさや切なさが滲んでいます。

CHEMISTRYの「13ヶ月」は2018年6月20日に、再始動後2枚目のシングル「Heaven Only Knows」の両A面曲として発売されました。こちらも君と別れてから13ヶ月が歌詞のテーマとなっています。今までの日々を振り返った主人公が、前向きに愛に向かっていこうとする内容ですけど、君への思いが滲む曲です。

別れて13ヶ月経っても、恋人と別れた悲しさを引きずる人もいれば、恋人と別れた経験を糧にして前向きになろうとする人もいますけど、正解がどちらというわけではないので、「十三ヶ月」は別れの辛さを深く滲み出して、「13ヶ月」は自分が前向きに生きるために過去を受け止めて進もうという、心の傷を背負っていく気持ちを滲ませているように感じました。

どちらの曲も歌ってみたい曲です。https://www.youtube.com/watch?v=5xiCN1UM74I&list=RD5xiCN1UM74I&start_radio=1

https://www.youtube.com/watch?v=C5xXdeKij3s&list=RDC5xXdeKij3s&start_radio=1

 

「ひめゆり」から思ったこと

7月13日、僕は戸田市文化会館大ホールで行われたミュージカル「ひめゆり」を観劇してきました。僕はミュージカルは数えるほどしか見たことがないど素人ですが、岩井翔平さんがご出演されるということで行ってきました。

埼京線の戸田駅を降りて、細い道をまっすぐ進んで、少し広くなった道をさらにまっすぐ進んで、徒歩約10分で戸田市文化会館に到着しました。僕はカラオケ大会でホールに来ることも多いので、ホールには興味があるわけですが、とても動線が綺麗で、客席もステージが見やすい、トイレの数も多いということで、いいホールだと思いました。

岩井さんが預かってくれていたチケットを受け取ると、ロビーには数多くの花輪。そして、ミュージカル界隈にも関係者と思しき方たちをあちらこちらに拝見しました。顔立ちの綺麗な、俳優さんかなと思う男性、女優さんかなと思う女性が目につきました。

僕はS席なので、1階17列34番。後方のやや右側の席でしたが、2時間45分の間、ステージをはっきりとみることができました。

「ひめゆり」は、第二次世界大戦も終盤の1945年、沖縄県立女子師範学校と沖縄県立第一高等学校の生徒で構成された「ひめゆり学徒隊」と後に呼ばれた女子学徒隊をテーマとしています。彼女たちは、米軍が沖縄に上陸しようとする1945年3月23日、沖縄陸軍病院に動員されました。しかし、日本の敗色が濃厚となる中、6月18日に解散命令が出され、その後1週間の間に多数の犠牲者を出して、教師と学徒は240人いましたが、136人が死亡しました。戦後、最大の犠牲を出した伊原第三外科壕跡に慰霊塔である「ひめゆりの塔」が建立されました。

ミュージカルは、こういう歴史をモチーフに、様々な場面を間髪入れず展開していきました。歌で物語を表現していきます。ミュージカルであるがゆえに、凄惨な場面もありますけど、随分和らげていて、救いもあるような気がしました。

当時の悪弊も見事に描いていました。女子学徒には家に帰るか病院に残るかの選択が与えられました。家に帰りたい女子もいました。でもお国のために働かないのかという同調圧力、非国民と言われてもいいのか。僕は芝居を見ながら、戦後80年以上が経っても、この悪しきメンタリティが深く残っていたことを、5年前くらいにも感じました。ミュージカルでは、この選択が過ちだったことを身をもって知り、それぞれの学徒が生きる道を求めて、必死に生きていきます。そして、敗色が濃厚であっても、まだ攻勢すると強弁する日本軍の醜態もまた、感じるところがありました。

戦争を知らない役者さんたちは、戦禍の惨状を熱演されていました。ステージから軍人さん役の人たちが客席に向かって銃を向けるシーンが何回もありました。戦争とはこういうものだと客席のどれだけの方が感じたかはわかりません。第二次世界大戦は決して過去の歴史にすぎないわけではありません。好戦的な勢力が権力を握れば、また戦争の悪夢が再来する危機が、今目の前に来ているかもしれないのだという意識を持った方がいいでしょう。いつか来た道をまた繰り返さないように、今の穏やかな生活を守ることがいかに大切で、いかに幸せなことなのかを痛切に感じました。

ミュージカルが終わって、拍手喝采の嵐でした。演じ切った役者さんたちも満足そうな表情を浮かべていました。

エンターテイメントって、題材が厳しいものであっても、やり切ること、題材の世界に没入させることで、お客さんはその熱演に観劇して、拍手を惜しまないのだろうと思いました。

僕も歌い手として、題材は全く異なるものですけど、自分が歌の世界を、情景を描ける表現を見せることで、お客さんに満足してもらえるレベルを見せたいなと、帰りの電車の中で考えていたら、いつのまにか最寄りの駅に着きました。

ひめゆり学徒隊が勤務した病院壕跡(南風原町の沖縄陸軍病院南風原壕)
ひめゆりの塔(2018年)
那覇市大道小学校の脇に設置された「ひめゆり学園跡」を示すモニュメント。大道小学校は沖縄師範学校女子部の付属小学校だった。現在は大道小学校の生徒に清掃されきれいになっていて、花がたむけ

6月の備忘録

6月は高松国分寺ホールカラオケ大会に出たブログを書いてから、ここでブログを書いていないことに気づきました。書くテーマはいくつもありましたが、諸々のイベントに向けての準備を考えている中で、1つのことをまとまって書く気持ちになれなかったのかなと反省しています。そんな6月の備忘録を書き留めておきます。

まずは幻となったことを2つ。カラオケキングの6月大会の課題曲部門への参加を考えていました。課題曲は松田聖子さんの「あなたに会いたくて」でした。今まで歌ったことがない曲でしたが、カラオケで歌ってみたら、94点が出ましたので、もうちょっと詰めていけばいいかなと思っていました。しかし、収録のスケジュールが提出期日までに取れない見込みとなったため、申し込みを見送りました。

もう1つはキングレコード歌謡コンテストのスタジオ審査です。関口台スタジオで歌えるというのに興味を持ち申し込んだのですが、台風接近の予報がされる中、開催中止が決定しました。開催中止となると、どうしてもコロナ騒動の頃に何回もカラオケ大会が中止にされたことを思い出してしまい、今回も楽しみにしていたので、正直落ち込みました。台風はその後海沿いにそれて、開催予定だった日の天候は台風もなく、悔しさだけが滲んでしまいました。

実行できたこともありました。日本作詩大賞新人賞への応募を今年もすることにしました。最優秀作品を歌唱するのはパク・ジュニョンさんでしたが、今まで彼の歌をきちんと聴いたことがありませんでした。誰のために作詩するのかって大切だという話を作詩塾でも聞いたことがあったので、初期の曲から新曲からカップリング曲から聴いてみました。彼がインタビューで話していることも聞いてみました。その中で日韓の文化の架け橋になりたいという話が印象に残りました。それで、「架け橋」というタイトルで作詩を1編書いてみまして、応募することができました。

また、9月12日の藤男子コンサートに向けて、タイムテーブルも次第に見えてきました。僕はコンサートの前半で2曲、後半で2曲、歌う予定が決まりました。前半の曲はアップテンポな曲の指定がありました。他の藤男子の皆さんの歌唱曲との兼ね合いもみまして、僕が歌おうかなと思った曲のリストを提出しました。

月末はボイトレ。数ヶ月前くらいから自分の声に成長を感じられるようになってきました。今まで出ないと思っていた音域も音が出るようになっているのが、不思議な感覚もあるけどまぐれでもなさそうでした。こういう練習を実際の歌唱の局面でどうやって生かしていくか、考えていくと結構楽しくなってきています。

令和8年度高松国分寺ホールカラオケ大会

6月6日、香川県高松市の高松国分寺ホールで開催されたカラオケ大会に行ってきました。この大会は2021年に初めて参加してから毎年参加していまして、今回が6回目。高松国分寺ホールは今年の4月から命名権を地元企業に渡して、愛称が「朝日段ボールホール国分寺」となりましたが、この大会は高松国分寺ホールのままでした。

この大会も人気の大会となり、申込開始して早々に今回はアドバンス部門とカラオケFreeStyle部門を申し込みました。

アドバンス部門はカラオケ大会で入賞したことがある方だけが参加できる部門で、2コーラスを歌います。過去5回は他のカラオケ大会での入賞曲を選曲しましたが、今回は最近お気に入りだった林部智史さんの「オレンジ」を選曲しました。

カラオケFreeStyle部門は1コーラスで自由に歌って踊ってパフォーマンスしてもいい部門です。こちらも最近お気に入りで踊りを覚えたいと思っていたKinKi Kidsさんの「薔薇と太陽」を選曲しました。

カラオケ大会の遠征は旅行を兼ねています。6月5日、東京から新幹線に乗って、京都で途中下車。京都観光は1年ぶり。約3時間、いつも立ち寄るめやみ地蔵さんをお参りして、南禅寺と、別荘群の一つの對龍山荘を内部見学しました。京都から新幹線で岡山まで、岡山から特急で宿泊地の宇多津で降りて、カラオケで練習して、ホテルに入りました。

6月6日、宇多津駅からJRに乗って端岡駅で下車。毎年の日課のようになっているので、踏切を渡って一本道をコンビニまで歩き、さらに大きな道を歩いて、「今年もここにやってきた」思いが強くなります。地方のカラオケ大会ですが、九州から関東まで、歌の上手い方が集まってきますので、メンバー的には全国大会とさほど変わりません。

僕が歌う順番は今回は後半から終盤で、アドバンス部門がNo.88、カラオケFreeStyle部門がNo.103でした。2曲とも大会で歌うのは今回が初めてでした。「オレンジ」は平板なメロディーの中で心の葛藤を描く曲なので、歌の世界が伝わる歌い方を意識して歌ってみました。6回出て初めて、落ち着いて歌えてるなと思いましたし、僕の歌をじっと聴いてくれている人があちこちにいるのがわかって、すごく嬉しかったです。「薔薇と太陽」は、踊りで情熱的なシーンを出したいと思いましたが、いかんせん光一さんの振付が難しすぎるので、自分ができる振付にアレンジしました。優しいお客さんたちが手拍子してくれたので、最後まで歌って踊ることができました。

カラオケFreeStyle部門では賞は頂けませんでしたが、アドバンス部門では優秀歌唱賞を頂きました。6回で一番いい賞をもらえました。課題はまだまだあって、ハイレベルな戦いの中で、自分がもらえるとは思っていなかったので、本当に嬉しかったです。この曲をもっと練習していきたいと思います。

Tokyo Crazy Night

僕はもともとジャニーズの曲が好きで、カラオケでもよく歌っています。ジャニーズ所属のグループも非常に多いわけで、僕が歌ったことがないグループも多々ありますけど、そういう中で急浮上したのが、Travis Japanというグループです。結成は2012年ですが、今の7人組の男性グループになったのは2017年後半だと思います。2022年からアメリカに武者修行に行って、アメリカのキャピトル・レコードから「Just Dance」でデビューしました。

日本に帰国して、2025年3月5日に初のシングル「Say I Do」を発売しました。僕がこのグループいいなと気づいたのは、2枚目のシングル「陰ニモ日向ニモ」を知った時でした。ジュニアの頃から何となく目にしてきた人たちが大人になって、優しい表情なんだけど結構激しいパフォーマンスもあり、メロディーもどこか洋楽っぽくて面白いなと思いました。メンバーの松田元太くんは、ジャニーズの他のメンバーの曲を歌っていた時に、印象に残る歌だなって感じた記憶があって、今このグループにいるんだってことを知りました。

「陰ニモ日向ニモ」を知ったのは、華MEN組のダイキさんがこの曲でダンス動画を出しているのを見て、面白い曲だなって思って、オリジナルも聴いてみようってみたのがきっかけでした。他の曲も聴いてみたいなと思って、見つけたのが「Tokyo  Crazy Night」でした。

この曲は「Say I Do」のカップリング曲で、文字通り東京の夜のダークな怪しげな雰囲気と、ポップスらしさが混ざりあってまとまった楽曲なので、聴いていてしっくりきて、歌ってみようかなと思いました。めったに聞かない英語の歌詞が出てくるのはアメリカ仕込みの英語の勉強の成果だと思いました。この曲のかっこよさを自分でも再現してみたいと思い、カラオケに行って歌っていったら、結構サマになってきました。あとは彼らの独特のダンスパフォーマンスの雰囲気を学んで、カラオケ大会で発表ができたらいいなという目標を立ててみました。