歌の作品のご当地を訪ねてみると、その歌詞の意味が一層よくわかるとか、そのメロディーの意味がしっくりくるとか、改めて理解が深まることがあります。演歌の場合は、ご当地をテーマにした作品が数多くありますので、竜飛岬に行って、石川さゆりさんの「津軽海峡・冬景色」の世界を実感した方もいらっしゃると思います。竜飛岬には津軽海峡冬景色の歌碑があり、二番の歌詞が流れます。
この連休は沖縄の八重山諸島を旅してきました。沖縄というと、古くから土地に伝わる民謡が根づいていて、現代の歌謡曲・ポップスも盛んな土地柄という印象があります。沖縄のホテルでシンガーのライブを聴くと、必ずといっていいほど八重山民謡である「安里屋ゆんた」は聴きますし、昭和・平成の曲であれば、喜納昌吉&チャンプルーズが発表した「花~すべての人の心に花を~」、BEGINの「島人ぬ宝」、夏川りみさんの「涙そうそう」も、併せて聴くことが多いですけど、東京で聴くときとはまた趣が異なる歌を感じます。
石垣島から飛行機で30分、日本最西端の島である与那国島に降り立ちました。東京からは2,000km以上離れて、晴れた日には台湾の山並みが見える日本国境の島です。
島内には3つの集落がありますが、このPR動画には出てこない比川(ひがわ)という集落に、2003年にフジテレビ系で放送されたテレビドラマ「Dr.コトー診療所」の撮影に使われた診療所のセットが残っていて、内部も有料!(島内の路線バスが無料!だっただけに、余計に驚きました)で見学することができます。セットといっても実際は堅牢に建設された建物ですので、4年前には風速80mの台風が島を襲ったそうですが、無事に残っています。
このドラマのエンディングの主題歌に起用されたのが、中島みゆきさんの「銀の龍の背に乗って」という曲でした。中島みゆきさんは2002年のNHK紅白歌合戦に初出場し、黒部川第四発電所の地下道からの中継で「地上の星」を披露した影響で、2003年に入ってオリコンで1位を獲得するなどロングヒットが続いていましたが、おそらくドラマ主題歌の企画も同時に行われていたため、ドラマが開始した2003年7月23日に「銀の龍の背に乗って」がシングルとして発売されました。
ぼくもこの作品はもちろん知っていて、PVのイメージで、みゆきさんが青いロングドレスを着ていて、優雅でありながら、力強さを感じる、スケールの大きな歌だなあという印象を持っていました。「Dr.コトー診療所」はそれほど見ていなかったので、ドラマへの思い入れは全くなかったんですが、診療所の建物から目の前の砂浜を見ていて、この比川の集落に立っていると、離島での過酷な医療状況に立ち向かうコトー先生の気持ちが少しはわかってきた気がしました。ドラマ主題歌だから当たり前だったのかもしれませんが、「銀の龍の背に乗って」の歌詞は、離島の厳しい医療の現場に立ち向かう医師のことを描いていたのだと、今さら気づきました。「あの蒼ざめた海の彼方で 今まさに誰かが傷んでいる」この島で、非力を嘆いていた主人公は、震えて待っているだけだった昨日までの気持ちを改めて、龍の足元へ崖を登り、「銀の龍の背に乗って 命の砂漠へ」「運んで行こう 雨雲の渦を」という歌詞ですが、銀の龍って一見、希望をすがる存在のようであって、実は勇気を出して生まれ変わったもう1人の自分の姿なのだろうと解釈しました。厳しい自然環境と対照的にゆったりと流れる島の時間を感じつつ、起こりうる問題に自分が向き合っていくことで、人生は進んでいくものだなということを感じた時間でもありました。「Dr.コトー診療所」のモデルとなった医師は鹿児島県の下甑島の診療所の医師でしたが、ドラマの撮影場所を探して辿りついたのがこの与那国島だったそうです。ドラマのイメージに合っているというだけではなく、その土地が持っている、山や海などの自然がもたらす風景や、そこで生活する人々の生き様もまた、歌の魂を思い起こさせたのだろうと思います。
Dr.コトー診療所 ♪銀の龍の背に乗って(Instrumental)
与那国島にも「与那国小唄」という民謡があります。7月に島内で行われたイベントのようですが、歌が始まると同時に人々がカチャーシーを始めるのも、沖縄ならではの、土地に根づいた風景であると思います。