DAM★とも&アウフヘーベン

DAM★ともで公開した曲について感じたことを書いていきます。

サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)

オーストリアザルツブルク(Salzburg)という街に行ってきました。ザルツブルクは音楽の街であり、音楽家モーツァルトWolfgang Amadeus Mozart)が1756年に誕生して25歳まで生活していた街であるため、彼の音楽を愛する世界中のファンがここを訪れます。毎年夏に開かれるザルツブルク音楽祭(Salzburger Festspiele)はモーツァルトを記念した世界最大の音楽祭の1つとして知られています。この音楽祭の芸術監督を務めた指揮者のカラヤンHerbert von Karajan)もザルツブルクで生まれました。

そして、ザルツブルクは世界的に大ヒットした映画「サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)」の舞台となった街でもあり、現地でも映画のロケ地を訪れるツアーが数多く開催されています。この映画は1965年に公開されたミュージカル映画で、1938年のドイツによるオーストリア併合及び第二次世界大戦の前夜の頃の、トラップ大佐と子供たち、トラップ家に家庭教師としてやって来た修道女見習いのマリアの物語です。

ぼくも随分前にこの映画を見ました。マリア役を演じた主演女優のジュリー・アンドリュース(Julie Andrews)の印象が強烈に残っています。沢田研二さんの愛称が「ジュリー」になったのは、彼がジュリー・アンドリュースのファンであったからという話は有名です。

飛行機の中のオーディオにも入っていたのが、「ドレミの歌(Do-Re-Mi)」でした。


"Do-Re-Mi" - THE SOUND OF MUSIC (1965)

トラップ家の子供たちは母親を亡くしてから長く家で音楽を奏でることがなかったため、「皆が知っている歌がひとつもない」と言うので、マリアは子供たちに歌を基礎の基礎、ドレミの階名から教えるというシーンから生まれた歌でした。原曲はこの映画の音楽を担当した、オスカー・ハマースタイン2世(Oscar Greeley Clendenning Hammerstein II)が作詞を、リチャード・ロジャース(Richard Charles Rodgers)が作曲をしましたが、日本では歌手のペギー葉山さんが訳詞したバージョンがよく知られています。

この映画では、今ではジャズのスタンダードにもなっている「私のお気に入り(My Favorite Things)」も歌われています。映画では、雷を怖がる子供たちがマリアの部屋にやってきて、マリアが「哀しい時、つらい時は楽しいことを考えましょう」と教えるシーンで歌われます。


My Favorite Things from The Sound of Music

日本のCMで聞き覚えがあると思ったら、「そうだ、京都 行こう。」でした。


【CM】JR東海 そうだ京都、行こう。

この映画には実在のモデルがいて、ゲオルク・フォン・トラップ(Georg Ludwig von Trappと)いう海軍少佐が、1927年にマリーアと結婚し、亡くなった前妻アガーテの子供たちとマリーアの子供たちでトラップ・ファミリー合唱団を結成して有名になります。1935年のザルツブルク音楽祭に参加し、神父の指揮で兄弟姉妹と母親で歌い優勝し、この合唱団はオーストリアで人気となり、やがて一家はヨーロッパ全域を巡り、「トラップ室内聖歌隊」という名前でコンサートツアーを行うようになります。

1938年、オーストリアナチス政権下のドイツと併合します。ゲオルクはナチスの旗を家に飾ることを拒否し、ドイツ海軍省からの召集も拒否します。また、ヒットラーの誕生日にミュンヘンで行われるパーティーで、一家が祝福の歌を歌うことを要求され激怒しつつも、これ以上ドイツに抵抗すれば家族に危険が伴うことを恐れ、一家でオーストリアを離れることになりました。映画では山を越えてスイスに渡ったことになっていますが、実際はアメリカのエージェントから公演の依頼を受けていたこともあり、一家と行動を共にすることに決めたヴァスナー神父とともに汽車を乗り継いでイタリア、スイス、フランス、イギリスへと渡り、サウサンプトンからアメリカへ向けて出航しました。

トラップ一家を描いた映画は、マリーアの自叙伝を原作として、1956年に西ドイツの映画「菩提樹(Die Trapp-Familie)」が公開され、続編として1958年に西ドイツの映画「続・菩提樹(Die Trapp-Familie in Amerika)」が公開され、これをモチーフとして製作されたのが「サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)」でした。

公開後50年以上を経て、後世の音楽に大きな影響を与えた不朽の名作となりましたが、それを生み出したのは、オーストリアの山々を背にしても霞まないことのないジュリー・アンドリュースの朗朗たる歌声にあったと思います。


【英語】サウンド・オブ・ミュージック (The Sound of Music) (日本語字幕)