DAM★とも&アウフヘーベン

DAM★ともで公開した曲について感じたことを書いていきます。

がんばりましょう

ぼくがDAM★ともでお気に入りのアーティストにしているSMAPの作品の中で、好きな曲の1つが1994年(平成6年)9月9日に発売された「がんばりましょう」です。この頃のSMAPの作品は、歌詞も曲もファンキーな感じのものが多くて、1人で歌っていても楽しいですし、大勢でのカラオケでも結構盛り上がります。

「かっこいいゴールなんてさ あッとゆーまにおしまい 星はひゅるっと消えていた また別の朝だった」いきなり歌詞がシュールです。「ジリリ 目覚ましが鳴り 血圧はどん底で 寝グセだらけの顔で なんだかなぁ もう」かっこわるい男子を歌わせたら、SMAPは最強です。「Hey Hey Hey Girl どんな時も くじけずにがんばりしょう」「Hey Hey Hey Boy かっこわるい朝だってがんばりましょう」何かこういうところに励まされます。

SMAPはこの年の紅白歌合戦で「がんばりましょう」を歌いました。そして翌年の1995年1月17日、今から22年前、阪神・淡路大震災が発生しました。その数日後だったと思いますが、「ミュージックステーション」に出演したSMAPは、黒いスーツを着ていて、被災者へのメッセージを語った後で、この「がんばりましょう」を歌ったのが今でも強く印象に残っています。あの頃はインターネットも発達してなくて、「何か大阪の方と連絡が通じないぞ」っていう異変から、昼ごろにその大惨事を知り驚きました。今から思うと、被災直後によくMステの放送を決断したなあと思います。今では多くの歌手がやっているような、こういう災害が起きた時に有名なタレントとしてメッセージを発信するという行動を、外国のタレントでは多いですが、当時の日本では珍しかったと思います。

あの頃子供だった人たちも、今では社会人になられている方も多いでしょうが、当時を振り返る方のブログを読んでいて、SMAPの「がんばりましょう」に本当に励まされたというコメントを数件読んで、また驚きました。歌で励まされることってありますけど、何でこの歌でなんだろうと歌詞の最後を見ると、「Hey Hey Hey Boy 空は青い 僕らはみんな生きている」「Hey Hey Hey Girl いつの日にか 幸せを勝ちとりましょう」「Hey Hey Hey Boy かっこわるい 毎日をがんばりましょう」ってあって、ここのところなんだなと納得しました。

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